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動画広告の種類とか市場とか

こんばんは。

 

夜遅くにすみません。

 

ワンダーナッツライオン上木です。

 

今回は、動画広告市場についての知識をここで共有できたらなと思います。

 

あなたは、「動画広告」と聞くと、どんなものを思い浮かべますか?

 

ぼくは、YouTubeの動画を再生する前に出てくるあれを想像します。

 

5秒経過したらスキップできるあれです。

 

YouTubeの動画広告のようなフォーマットを、「インストリーム型動画広告」って言うらしいです。

 

他にも、「インバナー型動画広告」とか「インフィード型動画広告」、「インリード型動画広告」があるので、ここでざっくり説明しますね。

 

ほんとうにざっくりで申し訳ないです。

 

① インストリーム型動画広告

 

YouTubeの動画を再生する前に流れるあれ

・テレビのCMみたいな感じ

・「プレロール(動画再生前)」での流し方が一般的。「ポストロール(動画再生後)」とかもあるらしい笑

 

②インバナー型動画広告

 

・Yahooの検索欄の横とかにあるあれ

・CPC課金方式が主流

 

③インフィード型動画広告

 

FacebookとかTwitterを見ていると突然現れるあれ

・見てもらいやすいのがいいところ。例えば、ツイートとツイートの間に突然現れるから、(必然的に)見てもらえる。

・つまり、ビューアビリティ(閲覧可能状態)は高い

 

④ インリード型動画広告

 

・ウェブページを読み進めていくと、さらっとそこにあるあれ

・ここで紹介している動画広告のフォーマットの中ではいちばん普及していないタイプのフォーマット

 

それぞれのフォーマットにそれぞれの良さや悪さがありそうですね。

 

参考記事 

【決定版】動画広告の役割、種類、指標などの活用基礎を学ぶ | 動研 | Viibar

 

動画広告の市場規模

 

2015年に、サイバーエージェントが動画広告の発展とその市場調査を目的として設立した専門組織「オンラインビデオ総研」。このオンラインビデオ総研と株式会社デジタルインファクトが共同で行った動画広告市場の結果が、公開されています。

 

2016年の動画広告市場規模は、842億円。

 

2015年と比べると、150%以上の成長率です。

 

いかに、動画広告のビックウェーブがきているのかが、わかります。

 

今年はさらにどれくらい成長するのでしょうか。

 

気になりますね。

 

バイス別の動画広告需要

 

やっぱりスマホの時代ですね。

 

2016年の動画広告市場規模 842億円のうち、

 

スマートフォン動画広告需要が576億円

 

PC動画広告需要が266億円

 

スマホの方が断然需要が高いことがわかります。

 

スマートフォン動画広告需要は高まり続け、2020年には、スマートフォン動画広告需要だけで約1900億円の規模になるとの予想が発表されています。

 

ツイッターがインフィード広告だらけにならないか不安。)

 

参考記事 

サイバーエージェント、国内動画広告の市場調査を実施 | 株式会社サイバーエージェント

 

動画広告の市場規模(アメリカ版)

 

さすがはアメリカ。

 

なんと、2014年の段階ですでに2000億円規模にまで成長しています。

 

今後もどんどん成長が加速し、2017年(今年!?)には1兆2000億円規模にまで成長するという予測がたっています。

 

What a big wave.

 

参考記事

動画広告市場の盛り上がり | video-ad.net

 

 

 

今日の一言

 

「三脚はかなり重い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアル」について

毎朝、最寄の駅から約20分、電車に揺られている。

 

アートの町「下北沢」を越すと、オフィスの最寄り駅までもうすぐだ。

 

駅から徒歩数分、変哲もないオフィス街を歩いて行くと、オフィスが入居しているビルに着く。

 

ここで働き始めて、すでに1ヶ月以上が経過した。

 

ワンダーナッツ。

 

動画メディアを運営するこの会社で、ぼくは毎日働いている。

 

スタートアップで働いていると、本では学べないこと、大学では教えてくれないようなことを直接的に学ぶことができる。

 

これは、リスクを負ってスタートアップの世界に飛び込んだ者だけが経験できることであり、極めて貴重なものである。

 

そして時には、スタートアップの「リアル」さえも知ることができる。

 

そしてその「リアル」こそが、スタートアップの本質であり、それを全面的に肯定したものだけが、さらなる成長をつかむことができる。と、ぼくは思う。

 

だとすれば、「リアルを全面的に肯定すること」もまた、我々の What To Do なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予測不能かつ流動的な未来

就職するか、起業するか、スタートアップでインターンをするか。

 

大学生活のなかで、ずっとこのことだけを考えていた気がする。

 

朝目が覚めた時も、授業中も、酒を飲んでいる時も、サウナのなかでも。

 

前に進めない自分が情けない。

 

春がきて、夏が過ぎ、秋を見てたら、冬が終わった。

 

…あ。

 

気付けば、22歳になっていた。

 

また新しい春が来ようとしている。

 

どうしたものか。

 

路頭に迷ったぼくは、HiveShibuya で毎週開催されている Beats に参加することにした。

 

そこでぼくは、Skyland Ventures の木下さんから色々なアドバイスを頂いて、スタートアップでインターンをすることを決意。

 

22歳という年齢的に、もう後がないと思った。

 

上木、生き急ぐ。

 

いろいろなスタートアップを調べてみた。

 

普段からツイッターなどで見かけるスタートアップや、設立されて数ヶ月のスタートアップ。

 

そんななか、木下さんが普段から推しているスタートアップに興味が湧いた。

 

「世の中が驚くような不思議な木の実をどんどん実らせていきたい。」

 

この企業理念を掲げる「君の名は」。

 

ワンダーナッツ

 

動画メディア Lifmo を運営しているスタートアップ企業で、ぼくも普段からツイッターでよく見かける企業だ。

 

いまワンダーナッツは事業をグロース中で、インターンを募集していることを知ったぼくは、CEOの中山さんにツイッターでDMを送信した。(今週の金曜日の16時13分)

 

「早ければ明後日に行けます。」

 

そんなこんなで、本日3月5日、ぼくはHiveShibuya を訪れ、ワンダーナッツCEO中山さんとお話をさせて頂いた。(日曜日15時50分)

 

DMを送信してから面会するまで、わずか48時間。

 

そこでぼくは中山さんに、ワンダーナッツの現状とこれから、求めている人材、メンバーのこと、そして経営やマーケティングのことなどを丁寧に教えて頂いた。

 

中山さんのマーケティングの話を聞いていると、自分がいかに無知であるかを思い知らされる。

 

「本を読む理由は自分の無知さを知るため」という家入さんのツイートを思い出す。(心からファボ)

 

もっと勉強しないといけない。

 

話し合いの結果、今月からワンダーナッツのインターンとして採用していただけることになりました。

 

ぼくがインターンをする理由を改めてまとめると、

 

⒈ワンダーナッツというスタートアップ企業の事業に携わり、グロースに貢献する。

 

⒉ 携わる過程で、色々な知識やスキルを身につける。

 

です。

 

(⒈と⒉の順番は、逆になってはいけないと思っています。)

 

大阪での暗黒生活から、東京のスタートアップでのインターン生活。

 

「予測不能かつ流動的な未来」

 

どこかの本に書いてあった。

 

一歩を踏み出した人だけが、そのスリルを味わうことができるのだと、ぼくは思う。

 

一歩、踏み出します。

 

チャンスを下さったワンダーナッツの皆さんに、心から感謝。

 

ツイッターやHiveShibuya で多くのアドバイスを下さったSkylandVentures の皆さんにも、心から感謝。

 

もうしばらく心配をかけるかも知れないけれど、両親にも、心から感謝。

 

全ての人たちに、心から感謝。

 

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最近、水にハマってる

最近、水にハマってる。

 

きっかけは、とある配信者が水の重要性を説いている放送を観たからだ。

 

確かにそうだと思った。

 

ファンタやカルピスよりも、水の方がクリアな感じがする。

 

なんというか、体が澄まされていく感じがする。

 

たくさん飲む程、体が澄まされていく。

 

体に溜まった老廃物が、尿とともに排出されていく感じが快感だ。

 

水を飲もう。

 

水は健康の根本に位置する。

「KPI」ってなんだろう?

KPI とは Key Performance Indicator の略です。

 

日本語では重要業績評価指数言います。

 

簡単に言うと、「最終目標に到達するための指標」です。

 

日本の通貨である「円」や、お寿司の数え方である「貫」、本の冊数を表す「冊」とは違い、特定の単位を持ちません。

 

分かりやすく例示します。

 

10日間で1000個の英単語を暗記したい高校生がいるとします。

 

1000個が「最終目標」です。

 

そのために、1日100個の英単語を覚えなければなりません。

 

1日に100個の英単語を覚えるために、1日の勉強時間を8時間に設定しました。

 

1日8時間勉強するためには友達と遊ぶ時間を1日1時間に減らさなければなりません。

 

この100個、8時間、1時間が KPI です。

 

ちなみに、最終目標である「1000個」は KGI と言います。

 

Key Goal Indicator の略で、日本語では重要目標達成指数と言います。

 

このKPIとKGIは常にセットです。

 

もちろん先に設定するのはKGIです。

 

10日で1000個という最終目標を設定してはじめて、その目標に到達するためのKPIが設定できます。

 

KGIから逆算して、KPIを算出するからです。

 

なぜKPIを設定するのか?

 

それは、KGIに向かって日々の仕事が順調に進んでいるかを確認し、KGIへ到達するまでの問題点を確認するためです。

 

KPI、KGI、どちらも重要ですね。

 

下手な説明でゴメンなさい。

 

ご精読、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「草食系のための対米自立論」古谷経衡 を読んで

テレビやインターネットで活躍する保守派論客、古谷経衡氏の著書「草食系のための対米自立論」を読んだ。

 

この本の中で古谷氏は、日本人の心に芽生える「対米自立・自主防衛」の意識を、全5つのテーマに分けて検証している。

 

序章では、日本がこれまでアメリカの庇護のもとで平和を継続してきた一方で、アメリカと日本がこれまで維持してきた同盟が効力を持たなくなるにつれ、今後の日本に迫り来る大きな変化に対してどう対処すれば良いのかを全く考えていない、「考える」という行為に慣れていないと指摘する。

 

そして、日本がこれからの時代を右往左往しながら進んで行く様子を、古谷氏は「草食系」という言葉で表現しているのだ。

 

個人的に、3・11と映画「シン・ゴジラ」を紐付けし、日本人の危機意識のなさとアメリカに対する不信感を指摘した第1章が興味深い。

 

シンゴジラは既に映画館で観た。

 

キャラメルポップコーンを片手に観たその映画を、3・11や対米自立といった社会問題と対比する意識は当時のぼくにはなかった。

 

古谷氏は、「ゴジラ」と「津波」を対等に位置づけている。

 

すなわち、日本の国家存亡に関わる重大な事態だとしている。

 

その事態を目の前にして、日本政府、日本国民は無力である。

 

なぜなら、そのような事態を想定する意識(危機意識)が日本人には皆無だからだ。

 

さらに、映画内での、日本政府からの協力要請に対するアメリカ政府の拒否反応についても触れている。

 

これは、福島原発事故に際し、アメリカ政府が在日アメリカ人に対して、福島原発半径80km圏内からの退避、自主的な国外退避を指示した布線にあるのだという。

 

つまり、シンゴジラでの描写と同様、日本が何か重大な事態に陥った時、アメリカは日本を助けてくれない。と同氏は指摘する。

 

最後に、「日本を守るのは、日本人しかいない」と結論づけている。

 

その他の章では、ドナルドトランプ政権の誕生を日米同盟の大きな転換点、対米自立のチャンスだと定義し、親米保守の望むアメリカの保守政治(レーガン保守)の終焉を指摘している。

 

ぼくは日本のこれからを考えた時、対米追従的に考える。

 

つまり、親米保守であり、日米安保法制に対しても賛成の立場である。

 

この考えに変わりはない。

 

しかしその一方で、日米同盟を維持しつつ、より強固な自己防衛の必要性があることを、この本から学んだ。

 

自分の国は自分で守る。

 

この点については大いに賛成である。

 

徐々に、自己防衛の議論を進めていくことが重要であると考える。

 

 

 

 

草食系のための対米自立論 (小学館新書 ふ 5-1)

草食系のための対米自立論 (小学館新書 ふ 5-1)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの死に方

ぼくは、最後は酒で死にたいと考えている。

 

大量の酒を飲んで急性アル中を起こし、そのまま死ぬのだ。

 

なぜこのような悲観的なことを言うのか。

 

それは、ぼくは「死」を芸術的なものにしたいと考えているからだ。

 

人は、現実と理想のギャップに苦しむ時、悲しいことがあった時、将来を悲観した時、酒を飲む。

 

酒を飲むことによって重苦しい「陰」の世界から解放され、「一時的な自由」を手に入れる。

 

その「一時的な自由」の状態で死ねたら、どんなに幸せだろう。

 

理想的だ。

 

最後は、最後ぐらいは、笑顔で死なせてくれ。